2008年10月13日月曜日

ゴミ有料化

 今年最後の芝刈りをした。朝ゆっくり起きて…新聞読んで…ネットを見たり…コーヒー飲んだり…だいぶ遅くなって歯を磨いているとカミさんに「芝刈ってね」と…。住んでいる街は、来月からゴミ回収が有料化された。古くなった芝刈り機を無料のうちに滑り込みでゴミに出すため、最後のお仕事をさせろとのお達し。しぶしぶ働く(笑)…なぜなら…(言うまでもないか笑)。

 ゴミ回収の有料化自体に異論はないのだが、効果がどうなるか、気になる。このような施策は、どの程度強制力を持てるものなのか。…というか、ルールに従わない振る舞いをどのようにして抑制するつもりなのか、分からないということ。実際、ゴミ・ステーションには家電リサイクル対象のテレビや小型の冷蔵庫が放置されていたこともあるが、そのような場合、周辺の人間でなくて、遠くからそっと運んで来たっていうケースが少なくないとか--ゴミ・ステーション周辺の住民の声だが。でも、特に疑って割り引いて考えなくても良いような、普遍性のあることばだと、私は感じている。

 要するに、外部不経済が発生しやすいゴミ問題に、さらに負の方向のインセンティブが増加されると感じられるわけである。無料の時だと、カラス除けのネットをきちんとかけていないとか、時間を守らない等々の問題が話題に上ったが、有料化になると料金を負担せず放置されたゴミをどうするか、深刻な問題となる。どこかで料金を負担するのか、行政の側でその分、見込んで対応するのか。最初からフリーライダーを織り込んだ施策だと考えて料金を負担せずゴミを出す輩が多ければゴミ・ステーションが不衛生な状態になるのは必然。住民のモラルを高めて…などとといっても、生活圏の外からゴミだけ持ち込まれては打つ手なし。

 簡単に言えば、フリーライダーの抑制には罰則規定が必要だと思われるが、しかし、そのためのモニタリングのコスト(人的、時間的、経費的等々)を考えると割に合うのかどうか。ただ、そのような防衛策を何ら講じず、地域住民の丸投げする施策執行姿勢が多いのではないだろうか。他のところの話だが、町内会長が張り込みをして「犯人」を捕まえ、「もうやりません」との言質を取ったが、その後、別のゴミ・ステーションに捨てるようになっただけだったとか。私人間では限界があることは当然。

 ただ、一方では公権力の介入は…と否定的に捉える立場も存在するのでしょうね。そのため何たらの市民運動的な団体に抗議される糸口を作らないため、自己防衛的に行政の側でそれら権力行使的側面を盛り込まず施策を立案するのだろうか。まあ、ケース・バイ・ケースで理由は一概に決められないのだろうが、「仏作って魂入れず」。せっかくの取り組みも住民の満足感を低下させるだけの結果になっては残念だ。今後の展開を注意深く見守りたい。

 …ここまで原稿を作って、投稿するのを忘れていた(笑)。案の定、料金を負担せずごみを出したり、分別の区分を守っていないごみがチラホラ…。市役所の職員は、朝早くから当日の収集区域のごみステーションで立ち番をしている様子。効果のほどに限界があるのは当然だが、少しでも努力しようとの姿勢を見せることが重要なのだろう。今後、「違法」な(?)ごみが減ることを期待するのだが…。

2008年9月15日月曜日

仮想化Ubuntuへの道(…まだ途上だけど…)-その3

 翌日、「まてよ…」と思って、パスではなく最終的なフォルダ名…今回の例でいえば「Tmp」だけ入力すると無事、ゲスト側 Ubuntu の share フォルダ内に、ホスト側 Windowsの Tmp フォルダ内のファイルやサブ・ディレクトリが見えてきた。

 ただ、課題は起動のたび、マウントし直さないとならないというところ。これはネットを調べていたとき、同じようなやりとりを見ていたので、そこを参考にして設定ファイルの書き換えに挑戦。

 どうやら「/etc/rc.local」に端末で入力したコマンドラインと同じく「mount -t vboxsf ~~」を書き込んでおけば、起動時に設定を読み込んでくれるということらしい。早速「$ sudo gedit /etc/rc.local」を実行。最終行の「exit0」の前に「mount ~~」を入力。保存して再起動♪…起動してから「share」フォルダを開いても「(空)」。まあ、そうそう簡単にはいかないさ、と気を取り直してから端末を開きコマンドを入力して、とりあえず動作を確認しようと思ったら…開けない???。さっきはこれで共有フォルダの内容が見られたんだからと思い、再度トライするも「No such device」のお言葉。大文字小文字が影響するのかと思い、正確に再現するも変わらず。ここでまた水入り…ということで、カミさんに頼まれていた買い物の運転手となり半日外出。

 帰ってきてからPCの電源をオン。VirtualBox を起動して ubuntu も起動。端末から共有フォルダのマウントを試みるが失敗。結果は同じエラー・メッセージ。ネットを検索してエラー・メッセージから何か分からないかと探してみるが有効な情報が見つからず諦めモードへ…。ところが、ふと、前回、最初にマウントに成功した後、前の晩から表示されていたけど、共有フォルダの設定ができてから行おうと思っていた update を晴れて実行したことを思い出した。作業の途中で ubuntu 本体の状態が変わるとまた振り出しに戻りそうなのをおそれてのことだった。ただ、その結果、まずマウスの動作が変化。前は ubuntu のウィンドウ内とホスト側のXPの間を区別無く動いていたのに、update したら、いちいち右の ctrl キーを押してからでないと Windows 側にアクセスできなくなっていた。また、ログイン画面の時、グラフィックス・カードを上手く認識できないのか 1280 ピクセルでスタートするようになってしまった。ubuntu 自体は 1027×768 に設定してあるんだが、以前、VirtualPC に ubuntu をインストールしようとしたときのように実際の画面サイズを無視した振る舞いをするようになってしまったのだった。まあ、それも仕方がないのかな、と釈然としない思いを抱きつつも、共有フォルダの再設定方法を探すことをまず優先していたわけだった。これが終わったら次、起動時の設定を検討しようと思って。

 しかし、そこに落とし穴があった。そもそも最初に共有フォルダを使えるようにする段階で、「Guest Additons のインストール」が必要だということだったので、それを実行してからマウントしたのだった。まあ、そのインストール自体も、何のための作業で、どのような性質の操作なのかも分かっていなかったので、何をすればいいのかも不明。DOS系のように EXE ファイルをダブル・クリックしてみたりしたが反応無し。他のファイルをエディターで開いてみて、何か記述があるかと思っても見当違いの様子。そこでネットで探すと…

(引用開始)
ゲストOSのインストール後に、仮想マシンウインドウのメニューの「デバイス」→「Guest Additions のインストール」から、コントロールや画面の描画速度を改善する拡張機能をゲストOSにインストールできます。

「Guest Additions のインストール」を選択すると、ゲストOSに仮想的なCD-ROMがマウントされます。そのCD-ROMの中にインストーラーが入っているので、インストールしておくと良いでしょう。

Guest Additionsのインストール(ゲストOSがWindowsの場合):CD-ROM内の「VBoxGuestAdditions.exe」を実行します。

Guest Additionsのインストール(ゲストOSがLinuxの場合):CD-ROM内の「VBoxLinuxAdditions.run」を実行します。

$ cd /media/cdrom0/$ sudo sh VBoxLinuxAdditions.run
(引用終わり)

という記述を見つけたので、自分なりに解釈して「VBoxLinuxAdditions.run」をマウントした CD-ROM 内にあった VBoxLinuxAdditions-x86.run に読み替えて実行したら、端末のボックス内で、ファイルが展開され、インストール作業の進行を伝えるコメントが続き、無事成功した様子。再起動し、端末からマウントさせると共有フォルダの内容が見られたんだった。

 …ということを思い出したわけです。そして、ネットで探していた途中で「kernelが変わるたびにやり直し」という記述を目にしたことを思い出した。「あ、後から update した、ということは kernel 変わってるじゃん!」ということで、Guest Additions をインストールするところから再開。再起動させて端末から「$ sudo mount -t ~~」を実行するとやっと共有フォルダの中が表示されるようになった。ここから起動時に自動的にマウントさせるため rc.local の書き換え(一度書き換え、また戻してあったもの)。そして、再起動させると最初から共有フォルダの中身が見えるではありませんか。

 そして、Guest Additons を行ったことで、マウスの動きやログイン時の画面サイズの異常も復旧。後から考えれば、kernel の部分ですでに状態が変わっていることに気付くべきだったのだけど、何せ勝手のほとんど分からない Linux/ubuntu 。どこで異常の有無を判断すればいいのか勘の働かせようもないのが正直な状態。7.10から数えて4ヶ月くらいかかってとりあえず安定的に使用できる状態にたどり着けた気がする。まあ、これからボチボチ覚えていきましょう。

今回特に参考になったページ
  URL=http://linuxsalad.blogspot.com/2007/08/virtualboxos.html
  URL=http://forum.ubuntulinux.jp/viewtopic.php?pid=13682

仮想化Ubuntuへの道(…まだ途上だけど…)-その2

 一方、Ubuntu では最初から VirtualBox 用のコンテナ・ファイルを公開していて、導入の敷居は VirtualPC と比べてはるかに低くなっている。ただ、最初は、VirtualBox というプログラムの仕様も分からなかったため、VirtualBox のページに行ってもどれをダウンロードすればいいのか分からなかった。私の場合、ホストが Windows XP Home Edition SP3 なので、VirtualBox 2.0.2 for Windows hosts x86 を落としてきた。次に、Ubuntu 日本語チームのページから、日本語ローカライズドVirtualBox用仮想マシンのダウンロードのページに行き、ubuntu-ja-8.04-virtualbox-i386.zip(仮想マシン本体)を落とし、解凍。 まず、VirtualBox をインストール。次に解凍した Ubuntu のボリュームを指定して VirtualBox に登録。起動させると前の時と同じく、言語やタイムゾーン、キーボードなどの初期設定をしてスタート。ネットは何もしなくても接続可能な状態になっており、IPアドレスやDNSサーバーの設定などは正常に行われている様子。音の方は最初鳴らなかったのだけど、VirtualBox の方の設定を見るとサウンドカードが初期状態では使うようになっていなかっただけで、「使う」にチェックを入れ、ドライバを選択すると無事鳴るようになった。

 そこで、次にホスト側の Windows とファイルのやりとりをするため、共有フォルダを設定しようと思った…が、ここで2日ほど苦しむことになった。これも Ubuntu や VirtualBox の仕様が把握できていなかったため経験することになった回り道ってことだった。

 まず、VirtualBox の側で共有フォルダを設定。メニューから「デバイス-共有フォルダ」とたどって、追加の+ボタンを押す。そうすると「共有フォルダの追加」というポップアップ・メニューが出てくるので「フォルダのパス」のレター・ボックス横のドロップ・ダウン・ボタンを選択。「その他」にカーソルを合わせクリックするとホスト側のフォルダ選択画面が出てくるので、共有用のフォルダを指定してOK。

 次にゲスト側の Ubuntu でそのフォルダを使えるように設定する必要があるんだけど、これが分からなかったんだな~。

 最初、VirtualPC でゲストも Windows の時みたいに、ファイル・マネージャーの類のアプリから簡単に参照できると思っていた。しかし、コンピューターを開き、ファイル・システムを開いてもどこにもホスト側のドライブへのリンクが見つからず彷徨。ネットで調べると、ゲスト側でマウントって作業が必要らしいということが分かる。ドライブとかデバイス類をマウントするっていう操作自体の意味は理解しているので、後は具体的な指定方法の検索。

 どうやら「$ sudo mount -t vboxsf SharedDirectory /media/share」というコマンドでそれが可能らしいというところまで分かった。さらに最後の「/media/share」というのは、実際にホスト側の共有フォルダの内容をゲスト側で参照するための窓のような役割をするためのフォルダで、「share」自体は任意に各自で作成したフォルダ名になるとのこと。まず、フォルダを作ることにする。

 以前、VirtualPC で格闘していたとき、システム上の設定ファイルをいじるには端末でコマンド入力が必要になるってことを知り、何度かトライしていたので、今回も迷わず端末を開き、フォルダ作成のコマンドを打ち込もうとする。…しかし、最初、うろ覚えのコマンドを打ったら「違うワイ、ボケッ」って怒られた。DOSのコマンドと似てたよな~と思って「md」って打ち込んだんだね…。確か「mkdir」だったよな~、略してもよかったよな~、というはるか昔の記憶。DOSコマンドを駆使して、自分用にランチャーになるバッチ・ファイルをよく作ったな~などという遠い思い出が蘇りました。改めてネットで Ubuntu の基本コマンドを検索して無事作成。後から気付いたのだけど、フォルダを作るくらいなら、ファイル・マネージャーで簡単にできたんでした。

 次にマウント作業。「$ sudo mount -t vboxsf SharedDirectory /media/share」の真ん中、「SharedDirectory」はホスト側のフォルダのはずなので、自分が共有させようと思っているフォルダの名前「D:\Work\Tmp」などと入力。ネットで検索したページにもあったやりとりと同じく「No such device」のエラー・メッセージ。いろいろ探しても「SharedDirectory」を入力としか書いて無くて、Ubuntu というか Linux というか、コマンド・ライン上の表記方法に DOS と違いがあるのか(例えば、区切りは/を使わないとダメとか…)知りたかったのだが、分からず。まあ、こんなもんさと思ってその日は就寝。

仮想化Ubuntuへの道(…まだ途上だけど…)-その1

 Ubuntu 8.04 をインストールしてみた。Linux はまったく触ったことがないが、関心はあった。しかし、メインのPCに入れてしまうと仕事に支障もあるので、踏み切れずにいたところ、VirtualPC や VirtualBox を使ってOS上に仮想化マシンを作り、その中で走らせることができるということを知り挑戦してみた。

 今年の6月頃に最初の挑戦を行った…。まず、VirtualPC 2007 をインストールし、当時、まだ8.04はリリース前だったので7.10を入れるべくトライしてみた。ネットで調べると、インストールの時にコマンドラインからディスプレイ関係のオプションを追加する必要があるとのことだったので同じように打ち込んでみた。しかし、ネットでも人によって追加オプションの内容が違っていて?だったが、トライ・アンド・エラーで実行。…しかし、結局は上手く行かなかった。そのうち、仮想化したボリューム本体を公開してくれている人のページにたどり着き、それをダウンロードすることで起動させるところまで到達。時々起動させて、ネットにつないだり、ゲームで上海をやってみるくらいで、本格的に使うってところまで行ってなかったが、とりあえず、勉強用の教材を確保しておくってイメージでいた。

 そのうち、8.04 がリリースされたとのことだったので、仮想化ボリュームを追加して、仮想ハードディスクをフォーマットするところからインストールしてみた。前回と違って、今回はいくつかのネットで紹介されていた追加オプションでインストール自体は完了。プログラム本体のインストール終了後、初期設定の途中でキーボードの選択がおかしくなって画面が固まってしまう状態に陥り、何度かやり直す羽目に陥ったが、画面が固まった状態でしばらく放っておいたら復帰していて、なんとか起動できる状態までたどり着くことができた。しかし、7.10と違って、サウンドが鳴らない。ネットがつながらない、でだいぶ格闘。…そもそも、Ubuntu や Linux の基本作法が分かっていないので、どこに設定情報が格納されているかも分からず、その設定の変更方法も不明。ネットを検索しながら関係のありそうなところをしらみつぶしにいじってみるしかなかった。そのうち、ネットに関しては手動で設定することで接続自体は可能になることが分かり安心。現在、我が家のネット接続は、途中に無線LANを入れた関係で、ADSLのモデム自体もルータ・モデムなのに、そこに無線LANの親機がつながっているという二重ルーター状態で、8.04ではそのうち、手前側の無線LAN親機のIPアドレスをDNSサーバーと認識しているため、名前解決ができずネットにつながらない、という状態になっていたらしい。外とつながっているADSLモデムのアドレスをDNSサーバーとして追加してやればネットを開くことができるようにはなる。しかし、設定を記憶させたつもりでも、起動のたび設定し直さねばならず、お手上げ。設定を記憶させておく方法が何かあるんだろうけど、分からず…そのうちもう少し Ubuntu を勉強したら再トライしようということにして諦めた。 また、サウンドの方も、7.10だと、VirtualPC の初期設定である SoundBlaster16 をサウンド・カードとして自動的に認識していて、何も設定しなくても音が出ていたのに、自分でインストールした8.04では認識してくれず…。これも対応の仕方が分からず断念。

 そもそも VirtualPC は Ubuntu や Linux と相性がよくない、と説明しているページも多く、最初から無理を承知でインストールしていたところがあったので、快適に使うというより、勉強のための教材という意識が強いところがあった。そういう意味では、覚悟の上の作業だったのだけど、7.10の方もアップデートを促すメッセージが出るのでアップデートしたところ、マウスを認識しなくなりバンザイ。そもそも7.10も、インストールの段階で、マウスが使えなくなるので追加オプションをこうしてああして…というコメントをあちこちで目にしていたのだけど、それがここで再度表れたってことだと理解した。そんなこんなで、VirtualPC では、今のところ、Ubuntu を勉強するところまで行くこと自体大変すぎるってことで、素直に VirtualBox を使ってみることに方針を転換した。

2008年8月24日日曜日

家庭内LAN

 先日のNEC PC-98機。もう1台のPCに使っていたCRTディスプレイと一緒にリサイクル・ショップに持ち込み、無事処分終了。本体¥100、ディスプレイ¥50×2台、外付けの1倍速CDドライブ(SCSI接続!)¥50。締めて¥250なり。収入にはならなかったが(最初から期待していないけど)、処分費用の支出を抑えられたという意味で大満足。

 今度はそのPCが置いてあった2階の空きスペースに前のメインPCを移動させ、下のPCから無線LANで接続。前のPCではネットに繋いでいなかったが、これで上からもネット閲覧が可能となった…遅ればせながら。これで子どもたちに下のメインPCを占拠される心配もなくなりちょっと安心…今までも特に支障があったわけではないが。

 2階の方は、仕事絡みで使っていたものなので、中を大々的に整理してユーザー・アカウントも新たに設定して、古い設定・ファイル類を抹消させるのに1日。ファイルを消してデフラグかけ、空きスペースを上書きさせて不要なデータが残らないように一応配慮。デフラグは Power X Perfect Disk8 を使ったのだけど4時間かかった!

 無線LANは PA-WR7870S/SE …無線LAN子機とのセット。[IEEE802.11a/b/g ]が自動切り替えで使え、便利そうなので選択。使ってみると、親機と子機の機械同士は自動的につながってくれるので手間がかからず簡単だった。本当に、途中のケーブル部分が無線になっているだけで、有線LANと変わらない使い勝手。一般的に分かりにくいだろうなと思う部分は、ステルス機能とMACアドレス・フィルタリングの意味かな。自動的につながったのでこの部分の設定も終わっているのかと思ったら、MACアドレスは入っていなかったため、手動で設定する必要があった。子機の底面に必要なデータは印刷されていたんだが、途中の「:」を省略してあったのでブラウザから入力するときに迷ってしまった。MACアドレスも、子機がつながっている2階のPCからブラウザから調べたので支障はなかったのだが、ADSLのモデム・ルーターも同じNECのATERMシリーズなのでブラウザの設定画面アドレスがかぶり、ちょっと面倒だった。IPアドレスで直接指定して各機器のデータを設定して終了。二重ルータ状態なので時々IPアドレスを指定して設定作業を行う必要があるが、滅多に必要のないことだと思うので気にしないことに…。

 回線もADSLから光に比重が移っていると言うことなので、関心がないわけではないが、まだ値段が高いかな…我が家の使用頻度に比べて。もう少し様子を見る予定。携帯とセットで光接続プランが出てきているようなのでそのうちってところかな。

 …そんなこんなで使い勝手は向上したが、新たに買った無線LANセットと液晶ディスプレイの請求がくる来月のお財布が厳しいな~(笑)。

オリンピック雑感

 野球とシンクロはメダルなしらしい。柔道の不振に始まり男子サッカー、男女バレー等々、早々と敗退が決まった競技には、マスコミで色々なコメントが雨あられと降り注いでいる様子ですね。いつものことですが…。

 割と日本で人気のある競技の場合、事前にいいだけマスコミがメダル獲得を煽って、視聴率を稼ごうって魂胆が丸見えで興ざめする。しかも訳の分からんタレントやら何やらを大人数動員して…競技の内容と関係ないところで主観的で情緒的な言動をまき散らすし…。まあ、文句言っても仕様のないことだが… お金が絡んでる仕事だからね、マスコミにとっても…。そのビジネスモデルの是非は置いておいて。

 期待されながら敗れた競技に対して「精神的にひ弱」とか「気合いが足らん!」というタイプの評価がなされ、そこからメンタル・トレーニングの重要性などが指摘されるようになってきているが、当該競技で有力とされている諸外国でも結構番狂わせが起こっていることに気付いた。男女ともバトン絡みで有力国が脱落した4×100mリレー以外にも、予選段階で思わぬ敗退を喫したケースが、今回随分気になったということ。中には土佐や野口のように怪我で…というケースもあるが、メンタルな要素が作用して思った通りの結果が得られず脱落ってケースも結構あると思うのです。金メダル当然とされていながら緊張しすぎて破れたり、決勝まで進めなかったという感じで…。そういう意味では、どの国だって、失敗する人や団体もあれば、思わぬ金星ってこともあるってわけで、お互い様、日本だけ弱いだけじゃない気もしてきました。それでもメダル獲得数でベスト10にいるだけで、随分凄いことのように思える。特に日本の場合、欧米の国々のように陸上その他の個人競技でアフリカ出身の人たちを代表とする移民した選手たちがメダルを大量に獲得してくれるって展開がほとんど無いですから。

 昨日の朝日新聞のスポーツ面のコラムで、オリンピックでの敗戦とメンタル・トレーニングについてコメントがありました。そこでは勝負弱さと形容できるような部分を今後研究・対応すれば今より競技力・勝負力が向上するのではないか、という趣旨のことが書かれていました。しかし、そもそも運動に限らず、勝負事で勝利を得るためのプロセスとは、具体的客観的な原因・結果・対策のループをどれだけ地道に取り組み続けられるかということで、言葉・表現が違うと何か新しい提案をしているように錯覚させられそうになるが、当たり前のことじゃないかと感じた。それでも試合で敗北するケースは起こる。その時も、同じ批評を繰り返すことのできる論理構造ということで、個人的にはあまり感心できないコメント。(具体的客観的というのは情緒的・希望的・願望的要素を冷静に排除して…というような意味合いですが…)

 ところで、具体的な対策ってほどではないが、狩猟民族・農耕民族の比喩に関連して…。同じ競技ごとで比べた時、全部ではないけど、一般的な傾向として日本の選手は身体の線が細く感じられた。昔から指摘されていることだが、身体の大きさだけでなくて筋肉の付き方が違う気がする。ただ、これは全部DNAだけに原因を求められることではなくて、幼少期からの食事内容などにも起因している気もする。専門家には当然その辺のところが分かっているだろうけど…。もっとも、分かっていたとしても、誰がオリンピックを初めとした国際舞台で活躍するアスリートになるか分からない段階から、食事を含めた専門対策はできないし、代表候補になる頃は身体の大半は出来上がってるはず。そこから急激に筋肉付けようとして無理すると筋肉増強剤などに頼ろうとするインセンティブが働いたり…。もっとも筋肉の話は個人的な想像に過ぎないので専門家の見解を知りたいですけどね。

 話は飛びますが、オリンピック後の中国の姿に興味が湧きます。外国の記者団は、オリンピック中の取材妨害に対して抗議声明を発表したようですが、人権、経済、軍事…どうなって行くんでしょう。

2008年7月20日日曜日

子供たちは夏休み~

 最近、忙しいっていうのとは違うのだけど、何かと時間を取られる場面が多く、落ち着いて本を読んだり、調べ物をするってことができずに過ごしている。そのせいもあって「積ん読」状態の本が減らず、ちょっと気になっている。お盆にかけて少しは時間ができると思うので、読了できる本を増やしたいものと(密かに)意欲を高めているところ…(笑)。

 今、一番気になっているのが、読みさしになっている『近代の超克』(トゥールミン/法政大学出版局)。ところで、この本は、大学時代の恩師に勧められ購入しようと思ったのだが、既に品切れ状態で購入不能の様子。初版が2001年12月27日なので、それほど古い本でもないと思ったのだけど、もともと初版の印刷部数もそれほどでなくて重版もなかったのでしょう、ほんの数年で新刊本では入手できない事態になっていたんですね。まあ、時流に乗った、万人受けするテーマでもないでしょうから、資本主義の原則からすれば当然の帰結なのでしょうが…(笑)。そもそも、この本を薦めてくれた先生自身、アカデミズムの面でも孤高を畏れず我が道を進む方ですから、先生のアンテナに響いたものが世間的にマイナーな扱いを受けているアイテムであるってのは十分納得できることではあったりします。そういう意味で驚きはしなかったのですが、でも多少残念な気持ちはありましたね(笑)…できるなら多少は世間受けしていて欲しいというような…。

 この先生のことでもう少し話題にすると、私が学生の頃で、既に壮年の域に達していらした方なので(もしかしたら今の自分と同じくらい)、随分前に定年を迎えていらしたのだけど、なおしばらくパート・タイムのような感じで学生の指導に当たられていたご様子でした。たまに電話などで話をうかがったり、ほんと稀にこちらが出張で出掛けたついでなどにお会いする機会があると、自ら営む学問の世界を何とか伝えたいと願う使命感と、それが十全に果たせていない現状に対する認識を熱意を込めて語っていらしたものです。しかし、その先生も、この春には「もう空しくなって大学に行くのは辞めた」と仰ってました。もともと、既に「職業」として生計の糧を得ることを目的として学問に携わる必要がなかったが、後進の指導に大きな意義を感じていたからこそ講義やゼミを続けていたわけで、その効果が認められない以上、続ける意味もない、ということです。今後は、自分自身の「本性」としての学問研究を続ける、と仰ってました。今年も欧州のある学会に論文を送って掲載されたり、学会で講演したりなさっているようです。(時々それら英文の論文などが送られてきて、思わず英語の「生涯学習」にいそしむことになったりします-笑)

 ドラッカーがその昔『断絶の時代』などで指摘したように、自分の仕事に「飽き」の来る中年の域に達した自分として、色々考えさせられる出来事でした。…自分も勉強せんきゃね…と奮い立たせられるって面が大きいですが。